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観光立国の実現

2015/09/05 11:46 に IGA NPO法人 が投稿

「観光立国」になるために必要なことは「外国人が楽しめる」ようにすること。

 テレビなどで「訪日客が1300万人を突破」といったニュースを聞くと「日本は観光立国になった」と思う人もいるだろう。

 ところが・・・

 日本はまだまだ『観光後進国』だ。

 世界銀行2013年のデータで外国人観光客数ランキングをみてみると日本は「26位」なので「観光立国」とは言えない。というより、後進国と云える。

 例えば、人口500万人程度のシンガポールは、国土面積も東京23区くらいなのに年間「2,000万人」の外国人観光客が訪れている。

 それは、街中が観光客だらけといった感じだ。

 人口と観光客数から見て、観光客がシンガポール国民の社会保障費用を支えていることは明らかで分かりやすい構図だ。

 しかし、なぜ日本が今更観光に力を入れなければならないのか?

 それは、日本人の人口が減少するからだ。


 国立社会保障人口問題研究所の調査データでは、

 2026年に日本の人口は1億2000万人を下回り、その後も減少を続けることが示されている。

 2048年には1億人を割って「9,913 万人」

 2060年には「8,674万人」になる。


 そのうちの約4割が高齢者なので、いわゆる現役世代は江戸後期と同じくらいの数になるということだ。

 国の人口は簡単に増えたりしないので「寿命」という確実な推計からだされている数字なので「少子化によって、高齢化社会を支えられない日本経済の成長が難しい」といった声が強くなっているということである。

 税収の問題が一番大きいが、人口が減少することであらゆる国内市場が小さくなる。

 例えば「労働力」ならばロボットが補ってくれる。

 しかし、ロボットは何も買いませんね。(涙)

この問題は、いったいどうすればいいのだろうか。

阿部総理の考えでは、外国からの移民受け入れて、その外国人に日本で買い物してもらおうという発想らしいが、この日本が外国人が暮らしやすい国かどうかという問題もある。

「日本人は手先が器用で物づくりが得意だから大丈夫」という神話はもはや通用しない。

 例えば、スイス時計で有名な国はは、技術力があることで知られている。だからと言って大衆向けの家電や車を製造しようとはしない。

 なぜならば、それは人口が少ないから良いものを作ってもそれに見合うだけの販売ができないからだ。

 同じように日本の人口が減少すれば、技術力を持った日本人がいたとしても、日本の経済を維持できる力にはならない。

 突然人口を増やすことは現実的ではない。

 それに、日本には石油やレアメタルなどの自然資源も、金や銀などの鉱物資源も無い。

 リンも木も売るほど無い。資源を持たない日本は既に輸入に頼っている状況だ。

 この問題を解決する唯一の国策は「観光事業」しかない。

「人口減少を補うほど多くの外国人観光客を受け入れる」という考え方が現実的だ。

 すなわち、『観光立国』の道。

日本はNPOによるカジノゲーミングの合法化を決断するしか無いということを意味する。


 とはいえ、日本の「お・も・て・な・し」を観光戦略にしようとする観光庁や国交省の考え方は“ズレズレ”でお話にならない。


 さらに、日本への外国人観光客数が 1,300万人突破したと言っても、その中でも多いベトナムからの訪日客は対前年比で「47.1%」も伸びているが、そのうちの3分の2のベトナム人は観光客ではなく仕事で来日をしている。

 日本政府が得意とする「いいとこだけ見せ」だと観光客が増加しているようにも聞こえるが、実態は観光ではなく、アベノミクス効果で日本に仕事があるから外国人が増えているだけである。 

 彼らが日本から得る収入よりも多くのお金を日本で使うことはない。

 日本政府は、海外からの訪日客を2,000万人に増やすために「おもてなし」戦略を打ち出したが、その前は「日本食」、その前は「アニメ」だ「マンガ」だと言い、その前は「温泉と自然」・・・

 最近は「マンホール」に「自動販売機」と、手当たり次第に観光と結びつけようと必死すぎて笑うしかない。


 世界の人口は72億人もいる。

 インターネットやテレビ、雑誌などでのニュースで世界中の人たちが日本が観光PRしていることを知っている。

 未だに日本人がチョンマゲで刀を持ち歩いていると本気で思っている人はいないだろう。もし、居たとしても、その人たちは日本の求める観光客には入らない。

 と、いうことは日本への観光動機が「おもてなし」や「日本食」、「温泉と自然」なら、とっくに1,300万人以上の外国人が日本に来ていると理解して間違いない。

 マスメディアに踊らされて、日本人が思っているほど「日本の魅力」は残念ながら世界から注目されていないということだ。


 日本人が「良い」と思っていることが、外国人の「観光動機」には絶対にならないことも認識しなければならない。

 政府の発信する日本の観光魅力は、日本人に向けられているものなので、外国人には響かないのだ。

 その理由は「大手観光業界との官僚癒着があるから」と、フランスの観光関連雑誌に書かれたことがあった。


 フランスといえば、日本を訪れたフランス人観光客が、日本のマンホールをネット上で公開してちょっと話題になった。

 すると・・・

 たちまち「マンホールも“観光資源”になる」と、クールジャパンの仲間入りする。

 マンホールを見るために富裕層は日本にやって来ると本気で思っているならば、経済産業省も国土交通省もダメダメ役人しかいないという話になる。

 観光客が来たとしても、マンホールや自動販売機の写真を撮るだけでは、日本に経済効果をもたらすことは期待できない。

 ちょっと考えれば、マンホールや自販機が時間と旅費を使って日本に旅行に行く動機になるはずがないことは分かるはずなのに、ネットでちょっと話題になっただけで強くアピールしようとする。 この日本人の観光事業に対するズレは数万光年で気が遠くなる。


 もっと、多くの外国人観光客を引きつける確実な観光戦略を考えなければならない。

 例えば、観光立国となっている外国に行った観光客に聞くと「自然が美しい」「食べものが美味しい」「飲んで遊べる場所がたくさんあった」「充実した時間がもてた」「観光に便利なホテルだった」など。

 一方、沖縄の場合はどうだろうか。

「自然が美しい」という回答以外には「食べるところがない。あっても不味い」「観光地らしいバーが無い」「リゾート地なのにサンセットを見ながら食事をするところがない」「ビーチがあるのに入れない」「とにかく不便」といった回答だ。


 観光客相手の店で働く人に話を聞くと「観光客が減って大変です」とか言うが、それは当然の結果だ。

 景気が悪いとかいう次元の話ではなく、「お客さんにお金を使ってもらう」という努力が不足しているからだ。

 観光客が何を求めて沖縄に来るのかを理解しようとせず、自分たちの都合を観光客に理解させようとしている。

 特に「ホテル」は、観光客にとって大事な拠点になる。

 しかし、沖縄のホテルは高級リゾートホテルでも最悪だ。

 また、沖縄のホテルには多様性もない。

 どこも同じようなホテルで、観光ビジネスとしては「幅」が狭すぎるから、ホテルで時間を過ごすことが「もったいない」と感じてしまう。


 特に沖縄県には少し高いランクのシティホテルクラスは沢山ありますが、驚くほど高級なホテルや高級老舗宿泊施設は皆無に近い。

 なぜならば、多くの訪日客が不満を感じていることを理解しない。

 観光客が諦めていることに気がつかない。

 もしくは、気が付いているけど、どこも似たようなものだし、自分のところはドコドコよりもマシだから、薄利多売でいいんだ。

 と、考えている。

 これが日本の「おもてなし」?・・・笑える。


 日本人が考える「高級リゾート観光」というのは、駄菓子屋的マーケティングからスタートするので、本当の富裕層には支持されないはことを理解できない。

 その証拠として、日本人が経営するカジノホテルに富裕層は行かないので、全て閉鎖されてしまう。または、借金してでもギャンブルするような常連客を上客として「おもてなし」するようになる。

 そうなれば、ますます富裕層は近づかない。


 どうしてねうなのか?

 理由は明確。 

 例えば、家電を製造して売る。というような一般的なビジネスから考えれば、ある程度「購入者。お客様の立場になって考える」ということができる。

でも、高級リゾートに湯水の如くお金を使う超富裕層の立場になって考えることはできない


 そうです。。経験が無いんですね。

 本当の意味での「超富裕層」は、日本でリゾートを満喫できない。

 だって。。そんな場所が日本にはないんだから。。。

 ということだ。

もちろんこの日本に最高級の超富裕層を満足させられる宿泊施設がゼロという話では無い

 それは日本にもありますよ。

 でも、観光立国を目指すのであれば、無いに等しいくらいです。

 もっと分かりやすく説明すると、例えば、あなたが宝くじに高額当選したとしよう。

仮に、超豪華な旅行をしよう。やっぱり超豪華旅行といえば高級リゾートで贅沢三昧だ。と、考える。 さて、日本のどこに行きます?

使わなきゃ腐ってしまうほどお金を持って、世界中を旅行している人たちは数十万人もいる

 そして、そのお金を使う人を満足させられる宿泊施設や観光地が世界中に存在している。

 そこには、世界中のお金持ちが、湯水の如くお金を使う。

 だから「高級」とされ、一般の人たちも「一度は体験したい」と夢を見るんですね。

 そこそこの小金で満足させて、適当なサービスを押し売りするような日本の旅行業界では全く理解され無い理屈でしょう。


 だって、パリやイタリアの高級リゾート地と言われている場所に行ったら、現地のサラリーマンが泊るようなホテルしかなかったとしたら、ガッカリして「もう2度と来るもんか!!」と思うでしょ。

 今の沖縄県はそんな感じに近いですよ。


 もちろん沖縄にも1泊15万円くらいの高級とされるホテルはある。 

 当然、誰でも泊ることができる。

 でも、その程度なんですよ。


 海外の超富裕層の考え方では、1泊15万円が最高級だと話すと、「それはチップが?」というレベル。


 これは実話です。

こんな話を私がすると皆さん驚いて「それは特別な人でしょ」という。

 そうかもしれません。 特別なんでしょう。

 しかし、高級リゾート観光を仕事にするのであれば、それが「特別」で終わる話じゃ無い。

 カジノがある高級リゾートのホテルには、1泊500万円以上なんて当たり前に用意されている。

 ラスベガスではなくてもフランスやモナコでは、1泊1千万円の部屋だってたくさんある。

「そんなところに泊る人がいるんだ~」と感心している場合では無い。

そんな超富裕層を日本にたくさん呼び込むための努力が必要なんです。

 今、インターネットで「日本 高級ホテル」で検索したら「帝国ホテル 東京」がでてきて、最高級のスイートルームの価格を見ると……

「1人11万8800円~、3人で、18万4140円~」と書いてある。

 要するに、日本のサービスやホスピタリテイーもその程度。

「おもてなし」なんていう「魔法の言葉」。マジカルマジカル……


 ホテルに限らず日本には超富裕層を相手にするビジネスが少ない。というよりできない。という表現が正しいだろう。 

 宝くじで高額当選しても、日本で満足出来る範囲は狭いので、すぐに飽きちゃうことを日本に住んでいる全ての日本人が知っている。

 だから、最初から日本の観光に期待する人もいないので、すぐに海外に行くことをチョイスする。

 日本の観光業経営者は、1年365日、毎日1泊900万円の部屋を埋めようと考える能力が無い。

というよりも、恐らくは50年前に欧米で使われていたマーケティング手法が30年前から日本で最新として活用されきたからだと思われる。

 それも、現代では全く通用しないマーケティング手法なのだが、驚くことに日本の広告代理店では、当たり前のように導入されている。


だから、1泊8千円で部屋を埋めて、従業員や経費を節約してなんとか利益を捻出しようとしか考えないし、それが「経営というものだ」と胸をはる。

 もちろん、格安ビジネスホテルは必要ですし、そこに沢山の宿泊客を呼ぶのもとても重要です。

 が・・・

 観光立国を本気で目指すのであれば、日本は1泊500万円の超高級ホテルに泊るセレブを呼ぶことを本気で考えなればならない。

「目指す」ではダメです。

 中国やインドのように、自国民がめちゃくちゃ多い国であれば、1泊8千円で部屋を埋めるホテルでも十分国益につながるでしょう。

 日本は、超富裕層を呼び込むために、国内観光の整備をすれば、大きなビジネスチャンスを得ることができる。

 簡単ではない。

 しかし、チャンスはある。

 そして、そのチャンスを掴みに動くしかない。

 日本は崩壊しないまでも、若者が夢を持つことが許されないような先進国になってしまう。

 それを阻止するために、行動しなければなりません。

 日本政府や日本の観光業の考え方に「ズレ」が生じるのは、経営者や企画担当者が本当の富裕層と接する機会が無いからだ。

 彼らは、超富裕層と同じ時間、同じ空気を共有した経験がないので、理解できないことばかり。

 接待する相手を理解できないのに、どうして「おもてなし」ができますか?

 そう。 「マンホール」「マンガ」「アニメ」「自動販売機」などと同じように「おもてなし」も「ホスピタリティー」も言葉のマジックで表面上しか捉えていない。

 「おもてなし」と「ホスピタリティー」の違いも考えない。

 むしろ、同じだと本気で勘違いしている。

 ほとんどの場合、見たことも話したことも無い富裕層とは、映画やテレビの世界のような話で知るほかなく、交流の体験や経験が無い。

 それでは、どう接すればいいのかわからなくて当然といえば当然。

 どうしたら満足してもらえるのかわから無いので、想像で自分の価値観で接客するから逆に不満に思われたり、満足してもらった思っていても、富裕層は哀れんでいることが多い。

 よく、こんな言葉を使う旅行業界の人がいる。

「自分がしてもらって嬉しいと思うことを提供しなさい」

 一見正論に聞こえるが、全く間違い。

 このセリフこそ、自分の価値観を相手に提供することが正しい思っている証拠だ。

 自分が人生で食べたことのあるもので、美味しいと思ったものだけを提供すれば間違いないと考えている。

 同じように営業マンのバイブル書にも「自分が売る物を好きになれ!! 自分が好きにならないで、どうして売ることができる!!」

 これも間違っている。

 50年以上前の日本人には通用するでしょう。

 しかし、そんなことに騙される時代ではない。

 自分が嫌いな物だってバンバン売れますよ。

 好きか、嫌いかなんて関係ない。

 その製品や商品のどこが優れていて、何がいいのか。

 それを「理解」することが大切なんです。

 自分の好き嫌いで接客されては堪りません。

 ホスピタリティーも同じなんです。

 自分の考え方より、相手の「感性」が大切なんです。

 というと、「そんなこと百も承知している」と反論が返ってきます。

 それも100%〔笑〕

 そんな人には想像もつか無いでしょう。

 自分が理解していないことに。

 百も承知しているのは「自分の考えより、相手の気持ちが大切なんだ」という表面上の理屈を承知しているということであって、それは映画で見た世界を「見たから知っている」と言っているのと同じ。

 その世界を実際に見たわけでもなく、体験したり生活したことがあるのとは違う。


 そんなチープな環境で「観光立国だ」と叫んでいるのが今の日本だ。


 なんでも手当たり次第に観光の目玉にしようとしている節操の無さも日本の特徴かもしれない。

 例えば、オリンピック開催地が決定したときのIOC会場で、東京開催が決まり、滝川クリステルさんが「お・も・て・な・し」と日本のアピールをすると『おもてなし』が様々なメディアで放送されと、すぐに国家戦略になるというお手軽さだ。


この「滝川クリステル効果」は、今や「日本のおもてなし」は、外国人に喜ばれると勘違いされるようになった。


 例えば、日本の観光業には様々な「マニュアル」が存在している。

 主に多くの観光客を相手にする日本のレストランなどでは、流れ作業によって人件費を節約することをモットーとしているために、マニュアルに無いオーダーは「できません」と断る場合が多い。

 特に沖縄県では何故か上から目線だ。

 もちろん、沖縄県のすべての店ではないが、観光客を収入源にしているお店のほとんどがマニュアル化されている。

 人件費の節約には、少人数のほかに「教育費用」の節約がある。

 ひの教育にかかる費用は甚大なので、今日勤めて明日辞めても代わりができるようなマニュアルが作成される。

 居酒屋チェーンの和民が倒産の危機になるほど追い込まれた原因でもある。

「だけど、たくさん来る観光客の1人1人の要望に答えていたらキリがないし、商売にならない」とお怒りの経営者や店長さんが目に浮かぶ。

「それに、客を選んでいる。とか、差別だなんて言われかねない」という方もいるだろう。

 情けないことに「大手」と呼ばれる店舗や「観光客に人気の~」なんて店に多い考え方である。

 キリもあるし、差別にならないように接客すればいい。

 「1万円は高いから、8千円なら客が来るだろう」

 「あそこは8千円で他より安いから客が入ってる。うちは思い切って5千円でいこう」

 「5千円は安くて人気だが、それじゃ儲からないから、7千円で“飲み放題”をつけよう」

 こうしたチープすぎる考え方の方がキリがない。

 このような発想の店やホテルには絶対に富裕層は行かない。

 というと、「なんだ気取って!! 金持ちがなんだ。 そんなの美味かったら客は来るんだ」と怒鳴る。

 本当に本気でそう思っている経営者が沖縄県には多い。

 だったら安くしなくたって・・・

 と思ってしまうが。

 ご近所方を相手に商売しているならそれでもいい。

 しかし、初めて日本に観光で訪れる外国人に通用するでしょうか?

 それが富裕層でなくても、会社を休んで、高い航空チケットを購入して日本に来たのに「無理」「できない」「それは禁止」など日本の都合ばかり押し付けてばかりでは、日本の印象は悪くなるばかり。


「おもてなし」をウリにしているのに「ウチの売りはこれだから」「この店のやり方だ」とか「マニュアルで決められている」などという対応は矛盾している。

 日本人の常識は世界の非常識と言われていることを皆さんご存知でしょうか。

 日本人同士で理解できる「おもてなし」の文化はある。

 外国人を観光客、“お客”として扱う必要がある場合、「おもてなし」には限界がある。


 これまで日本が「観光」というビジネスをあまり受け入れなかったのにはいくつかの理由が重なったことにある。


 1つは、製造業の分野で先進国入りした経緯があり、それが高く評価された時代が長く続いたこと。

 2つ目は、「物を作って売る。売って喜んでもらう=日本のおもてなし」という文化的錯覚が生じたこと。

 3、言葉も生活習慣も違うワケのわからない外人を相手に気遣いするよりも、黙々と何かを「作る」ということがイコール「真面目」で「堅い仕事」とされてきたこと。

 4、「外国人のしかも観光客相手にペコペコするなんて、日本人として恥ずかしい」という考え方があったこと。

 5、「外国人に頭を下げてまで、日本に来てもらう必要はない。そこまでしなくても日本には“武器”〔車や家電〕がある」と、訴える日本の役人が力を持っていたこと。

 6、輸出業にチカラを入れてきた日本の省庁は、「日本人は真面目で手先が器用」というのは神が与えた日本人だけの特別な力だと信じて、未来永劫日本の技術は世界一のままだと考えていたこと。

 7、日本の文化と伝統に拘り過ぎた海外への押し売りが通用すると考えて、外国人を受け入れない日本の悪しき鎖国的風習が残っていること。

 8、観光業は途上国の政策だとされ「観光業は“下”」というイメージがあったこと。〔結果として、観光事業の大手は全て外資企業になっている〕

 9、80年代のバブル経済によって、「観光は行くもので、来てもらうものではない。むしろ、外国人は日本に来なくて良い」という考え方が多かったこと。


 1980年代の円高影響は、日本人の海外旅行ブームのきっかけにもなった。

 1990年代に入ると、日本人をターゲトにした外国各国が宿泊や渡航費を安くして、自国で日本人に買い物や食事でたくさんお金を使ってもよおうと、あの手この手の日本人獲得合戦が起こった。

 ひとつの「バブル経済の象徴」ともいえる現象だ。

 日本の女子大生は海外に高級ブランド品を買いに行くのがステイタスとなり、“日本の女子大生爆買”などと日本のメディアもこぞって報道していた。

 そして、1990年代の後半には円安になって海外旅行ブームもどことなく沈静化した感じになった。

 本当は、このタイミングで「今度は逆に海外から日本に来てもらおう」と考えるのがビジネスだが・・・・

 上記の理由から「自分たちが海外に行くのは積極的になるが、外国人が来ることには消極的」となった。

 上記の理由が背景にあることが理解できれば不思議なことではないが、観光立国の国からすれば「摩訶不思議日本」だ。

 当時、日本の観光協会の会長が「日本にやって来る外国人に頭を下げるまで、日本の経済力や技術力は落ちていない」と発言してフランスの観光雑誌に叩かれたこともあった。

今でも多くの日本人が「モノづくりこそが日本人の強み」という思考から抜け出せていない


 私は日頃から接客業を「空気を売る仕事」と表現している。

 似たような表現では「時間を売る」という人もいるが、時間は売るものではなく、それこそ「創り。与えるもの。」である。

 どちらかというと「空間を売る」という表現の方が私にはシックリくる感じがする。


 大学で学生に「日本がGDP世界2位になった理由?」を聞くと、「日本人には技術力があったから」「日本人は勤勉だから」という意見が大半で、中には「お金があっから」なんという答えもあった。

 これらも日本人的発想だ。

 では、どうして3位に転落したのか?と聞くと「真面目に働く日本人が少なくなった」「ゆとり世代になったから」「技術力が落ちた」などの答えが多い。

 おかしな日本人の理論が出ました。

 もしも、「アメリカは、日本より技術が上だから1位だ」といはなしになるのだが、不思議なことに「それは違う。アメリカ人より日本人が技術で劣るはずがない」と多くの日本人は否定する。

 少し冷静に考えれば「人口」の問題だと気がつくはずなのだが。。。


 日本人は「総中流」といわれ、隣近所と同じことが重要としてきた。

 「村八分」というイジメから逃れるためだが、次第に「個性」を主張する若者が現れてメディアが挙って取り上げると、やはり国民総出で「個性を大切に育てよう」となり、敬語を使わないことも“自由”となり個性となって尊重されたりする。

「なんか間違っているなぁ」と感じながらも、みんながそう言うならそれも個性、これも個性でいいんじゃん。という時代だった。

 そして、個性を育てるためには「ゆとり」が大切と言い出し「ゆとり教育」などという、またしても不可思議な思想が日本の島に行き渡る。


 日本が高度成長を続けることができたのは、日本人が総じて技術力があったからではない。というより、そんなこと全く関係ないのだ。

 それは、人口増加が成長させたものだかである。

 なので、現役世代の日本の若者は、来る2060年には江戸後期並みの人口経済になるので、いまから「観光業」にチカラを入れていかなければならないのだ。


 が、日本の「観光業」には様々な問題となる課題が山積みだ。


 まずは「ゴールデン・ウィーク」とか・・・

 今日本は、世界で4番目に休日が多い国だ。

 悪いことではないが、この休日を集中させてしまったことが問題だ。

 これは、日本の観光業界の都合で、国土交通省と大手観光会社の癒着から始まった。

 結果、日本人は有休を使わず、◯◯ウィークに休んで旅行に行く。

 それが日本人の当たり前の「観光」だからだ。

 元々この「ゴールデン・ウィーク」という言葉も旅行業から発信されたものではなく「映画業界」の業界用語だ。

 ちなみに、カジノ業界でもよく耳にする「ジャンケット」もカジノ業界ではなく「映画業界」の業界用語である。

 話はそれたが・・

 で、日本は欧米と違い、休日が分散化されないので、同時期に観光客が押し寄せることになる。

 これは全て「観光業側の都合」によるものだ。


 個性が大切と言いながら、日本人は同じ行動をする。

 このゴールデン・ウィークという旅行習慣も変える必要がある。

 日本の観光協会というのは、日本人の税金から莫大な助成金を受け取っているが、その金を使って日本の年金生活者を海外に移住させる計画に注ぎ込んだりしている。

 老人が増えて大変だから仕事をしない高齢者には日本から出て行ってもらって、海外で生活してもらおうという考えだ。

 これも悪い考え方ではない。

 気候の良い海外で、のんびり老後生活もいいだろあ。

 ただ、年金をもらった高齢者たちは、日本では海外でお金を使う。

 ますます日本の経済は疲弊する。


 どんなに考えても解決策は1つ。

 NPOによるドネイションゲーミングを成立させて、雇用創出と社会保障費用の捻出を得る。

 その後、大手企業や外資資本を受け入れて、本格的な「カジノ&ホテル」の合法化と事業化を整備していく。

 堅実かつ確実な方法であり、何よりリスクがない。

 NPO-CASINOの運営で問題が発生したとしても、国家予算や国民に大きな負担をかけるようなことは起きない。

 一方、IRの場合では、莫大な費用がかかる上に、失敗するリスクも大きい。

 建設費用は1円も税金を使わないというが、実際には、建設がスタートしてからも、IRが完成してからも税金は投入される。

 しかも、失敗した場合、その損害負担が国民に来ない保障は誰にもできない。危険極まりない政策だ。

 IGAは、日本がカジノを合法化することに反対しているのではない。

 むしろ賛成だ。

 しかし、方法論に問題があることを指摘している。


 IGAの会員のみなさんには理解して頂けているとは思いますが、より多くの賛同者が必要です。

 より一層ご協力頂けますよう重ねてお願い申し上げます。

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